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おばけうさぎの断片的なこと、あれこれ

思いつきで書いたり書かなかったり

自尊心とか愛情だとかはいつまでに私は身につけることができるだろか

Twitterに断片を書く。言葉が重すぎる気がして消してしまう。

私は優しいもの/優しそうに見えるものにとても弱い。依存して執着する。その甘えを恋や愛だと勘違いして縋って追ってしまう。

「○○は恋多き女」と半分馬鹿にしながらも、多くの知人友人に言われるのは、それだけ私はふわふわとしているからだ。すぐにその依存を恋だと思って、話してしまう。

「楽しそうだね」と言われるが特に楽しいわけではない。自分でもその動きに振り回されて、馬鹿みたいだ、いや馬鹿だ、自分死ね、と思いながらも、その時の麻薬に酔っているだけだ。

そんな時は、酒の飲み方もひどかった。知人たちは「その酒の飲み方やめろ」と言っていた。でも別に私はそんなに悪いわけじゃない、と思っていた。酔ってるから多少本音が出てもいい。しかも私は酔ってても記憶はしっかり残るタイプだったので、絶対にクリティカルな悪口や毒舌、暴力に走ることもなかった。単にふらふらしたり、甘えて男女問わず寄りかかったりしていたくらいだ。そんな風にしていても、最悪「酔ってたから」と言ったらどうにかなると思っていたし、実際その言葉の前には皆一瞬弱まった。

緊張をほぐすしかない。私は普通だと思いたい。薬を飲んでても酒を飲んでもラリったりしない。飲んだ翌日に二日酔いで会社休むみたいな真似はしない。私はちゃんとした社会人だから。

ただ、「はじけても許される私」が欲しかった。酒を飲んでる瞬間だけは、私はどんなに(自分の中で)ダメな自分でも「酒を飲んでるから」「酔ってたから」で認められる。自分が一番、自分に許されたかっただけだ。

『アル中ワンダーランド』を読んで、「あ、あの自分はアルコール依存症だったんだな」と思った。まんしゅうさんのように毎日飲まなくても、私のメンタルはアルコールに依存していた。

今も酒を飲むし、家に酒はあるけど、最近は本当に飲みたいときにしか飲まない。美味しい酒はひとりで飲み、楽しい酒は最初だけで、無理をしなくなった。最近はそもそも飲みに誘われる機会自体ないけど。

タイトルについてはまた書けなかった。また今度。