すきなものはなんですか
「好きな本は何?」
「好きな作家は誰?」
このふたつを聞かれると、いつも答えに窮してしまう。
「うーん……」
「えっと……」
本は好きである。
読書が好きである。
しかし「この人」という偏愛のものがない。
学生の頃まではあった気がする。あの頃は自分のセンスとか世界観に何にも疑いを持っていなかった。
就活を迎える頃、最初の2つの質問に歯切れよく答えられない自分がいた。
嫌いなものは特にない。
なんでもやる。
なんでも食べる。
「あ、この人嫌だな」
「あ、この本苦手だな」
と思ったらそっと閉じる。
「いつもあちこち行っているね」と言われるが、それは気の向くままなので、何も調べず行って「あ、今日やってない」ということもしょっちゅうある。
一度休職した時も、好きなものがわからなくなっていた。どんな服を着ればいいのか、どんな顔をすればいいのか、わからなくなった。
今はそこまでではないが、明らかに「好き」というものが不足しているし欠落していると思う。
今度また部署が変わることになり、新しい上司に最初の質問と同じことを聞かれた。
「あ、あ、あ」
「ふーん」
「あなたのことが知りたいんだから怖がらずに教えてほしい」
その言葉の裏での裁きをつい考えてしまう。
今日二人きりで仕事をすることになり、ぽつぽつ話した。
向こうが質問する。
私はどぎまぎしながら答えをひねり出す。
好きなタレント? 咄嗟に出てこない。
好きな漫画? どれを言おう?
ぐずぐずしているうちに答えもぐずぐずになっていく。
だめだ。
「そんなセンスなら、この部署には向かないかもね。」
好きなものはあるのだ、ただ、意識していないだけなのだ。沢山あるし、夢見がちなのかもしれない。
「好きな男の人のタイプは?」と聞かれると「好きになった人がタイプ」と言うし、そうだと思う。だけど、嫌いなものはなんとなくわかる。そのようなものなんだろうか。