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おばけうさぎの断片的なこと、あれこれ

思いつきで書いたり書かなかったり

抗うつ薬を飲んでいてたまに思うこと。

最近、NHKクローズアップ現代で、「会社におけるうつ病」とか、「子どもが向精神薬飲んでいる」など、精神医療に関する番組があった。私はその番組を見られなかったんだけど、Twitterで「うつは甘え」「甘えというのは間違い」「薬は毒」「適切な治療をしないとダメ、安易に薬をダメというな」など、その番組を見た人(や、各々のTLで感化された人)の意見をちらほら見た。

 

あまり他言はしていないし、Twitter上でもほとんど言わないけれど、自分もSNRIという区分をされる抗うつ薬を飲んでいる。そして、寝入ると長いのだけど、寝付けないと延々眠れないので、超短期型の睡眠薬も。両方飲み始めて1年半位たつ。

 

薬をもらった時は、とにかくうつの症状がひどかったので、正直「もうこの辛い気持ちから抜けられるんだったらなんだって飲む」という気分だった。

診断が出る前、パニック障害のようなもの(一過性だった)があって、1週間分くらい抗不安薬をもらったこともあったからだ。(調べたら、一番ゆるい抗不安薬を、一番少ない量で飲んでいた。)

 

だけど、診断をされた時は怖かった。薬まで出た!という気持ちもあった。

薬漬け、副作用のほうがひどい、吐き気、等々とにかく怖い話しか聞かなかった。

 

図書館や書店で調べても、「薬をきちんと飲んで、段階を踏んで治療しましょう」「薬は飲まなくても治る」と両極端で、混乱した。

 

患者から見れば、病院にそんな頻繁に行ってられないし、先生に「でも薬飲まなくても良いって書いてありました!」と言えるだけの気力体力もない。症状が辛くて行ったのに、それを否定されると余計辛くなる。

 

そして、私が処方された薬は、日本で認可されたのが2010年とかなり近かったので、十分な資料も無かった。

 

どうする?この薬は飲んでいいの?怖い!

 

そういう恐れを持ちながら、飲み始めた。

結局、特に重篤な副作用もないまま、量を時々調整してもらいながら1年以上飲んでいる。

 

飲んでから(治療を受けてから)良くなったと思うのは、

・激しい落ち込み、気分の上下が無くなった

 →自分もそれで体力を失うことも無くなった。周りを振りまわすことも無くなった(or減った)と思う。

過呼吸が無くなった

 →パニック、泣き出す、過呼吸!という流れが無くなった。

・自分には価値がない、生きていても意味ない、無駄、というのが無くなった

 →今休職していてかなりだらだらしているので、「まじNEET」と思うことはあるけれど、自分を必要以上に卑下して追い込むことがない。

という点だろうか。所謂「うつ」症状は軽減されていると思う。

確実に、治療前の死人のような顔はしなくなっている。

自分を追い込んで、自分に酔って泣く、という行為をしなくなったので、自分もかなり生きやすくなった。

 

特に飲んでやばい、という経験はない。

一回、最大限に量を引き上げたら気分が悪くなったので、すぐに伝えて量を減らしてもらった。あと、飲み忘れた時に「シャンシャンシャンシャン」という耳鳴りと吐き気等があったけれど、代表的な断薬症状らしい。これは、減らすときに急に辞めるのではなくて、段階的に飲む量を下げて、体を慣らしていくことで軽減できる模様。(ただ、認可が最近なためほとんど情報がない。)

 

とにかく怖いのは、不安を煽る言葉たちだ。

 

脳にダメージ(があるかもしれない)。催奇性(があるかもしれない)。結局は依存症。

 

他の病気でもほぼ慢性的に薬を飲まなければいけない状況もあるのに、なぜ精神医療の分野での薬は、こんなに不安を陥れる言葉が多いのだろう。

 

とにかく精神医療、うつ病においては、「薬は毒、悪徳」という不安を煽る、感情論に訴える言葉が多い気がする。

 

自己認知の歪み、環境の変化、そういうものから病気になった、

だから病院に言って治療しましょう、その手段の一環として薬も飲みましょう、

という行為が、宗教戦争みたいになっている部分も感じる。

 

そして、その宗教戦争が一番厄介なのは、肝心の患者の心を救ってない所にあると思う。周囲の不安はかき回せるかもしれないけれど。

 

宗教戦争を眺めつつ、粛々と私は薬を飲み続ける。

もちろん、症状が安定したら量を減らす方向に持っていくつもりです!

 

わけわからん文章になってしまった。長いし。